(06/19)
プロボクシング元WBC世界ライト級チャンピオンで、タレントとしても広く親しまれたガッツ石松が死去した。76歳だった。6月2日、肺炎のため東京都内の病院で息を引き取ったことが、同月11日に所属事務所であるガッツエンタープライズより公式に発表された。
葬儀および告別式は近親者のみで執り行われ、お別れの会などの開催については現時点で未定となっている。関係者の話によると、5月までは元気に日常生活を送っていたものの、急激に体調を崩して肺炎を患い、そのまま回復することなく帰らぬ人となったという。
所属事務所のガッツエンタープライズは、「多くの皆様に愛されたことは、本人にとって最大の誇りであり幸せな一生であったと確信しております。故人に変わりまして、これまで温かく支えてくださった皆様に心よりも深く感謝申し上げます。ガッツポーズをするたびに、ガッツ石松を想い出していただければ幸いです。OK牧場!」とのコメントを発表し、故人の冥福を祈った。
栃木県粟野町(現在の鹿沼市)に生まれたガッツ石松は、中学校を卒業した後にプロボクサーを目指して上京した。当初は鈴木石松というリングネームを使用し、1966年12月11日に1回KO勝ちを収めてプロデビューを飾る。1969年にはライト級の全日本新人王を獲得して頭角を現した。
1970年6月、パナマへ遠征してWBA世界ライト級王者イスマエル・ラグナに挑戦したものの、13回TKO負けを喫した。さらに1973年9月には、石の拳と称されたWBA世界ライト級王者ロベルト・デュランに挑んだが、10回KO負けという結果に終わる。この敗戦を契機として、お馴染みのガッツ石松へとリングネームを改名した。
大きな転機となったのは1974年4月である。WBC世界ライト級王者ロドルフォ・ゴンザレスに挑戦し、8回KO勝ちで見事に3度目の世界王座挑戦を成功させた。戦前の圧倒的不利という下馬評を覆し、幻の右と謳われた強力な右ストレートで王者を沈めた。この勝利の直後、リング上で両拳を高く突き上げた喜びの姿が、現在のガッツポーズという言葉の由来になったとされる。
その後、ロドルフォ・ゴンザレスとの再戦を含めて合計5回のタイトル防衛に成功した。1976年5月、6度目の防衛戦でエステバン・デ・ヘススに判定で敗れて王座から陥落。1977年4月にはWBC世界スーパーライト級王者サンセク・ムアンスリンに挑み、世界2階級制覇を狙ったが6回KO負けを喫し、1978年に現役を引退した。
現役引退後は独特のキャラクターを活かしてタレントに転身し、OK牧場!という独特の決め台詞で広く親しまれた。また、俳優としても高い評価を得ており、テレビドラマ『北の国から』や『おしん』、さらにはハリウッド映画『ブラック・レイン』といった数々の名作に出演した。演技にとどまらず、自ら映画監督を務めて作品を制作するなど、多角的な活動を展開した。
2010年にはボクシング界への恩返しと社会貢献を目的として、自ら提唱してプロボクシングの世界チャンピオン会を組織。自ら初代会長の座に就き、2024年まで長年にわたって会長職を務め上げ、業界の発展に尽力し続けた。
葬儀および告別式は近親者のみで執り行われ、お別れの会などの開催については現時点で未定となっている。関係者の話によると、5月までは元気に日常生活を送っていたものの、急激に体調を崩して肺炎を患い、そのまま回復することなく帰らぬ人となったという。
所属事務所のガッツエンタープライズは、「多くの皆様に愛されたことは、本人にとって最大の誇りであり幸せな一生であったと確信しております。故人に変わりまして、これまで温かく支えてくださった皆様に心よりも深く感謝申し上げます。ガッツポーズをするたびに、ガッツ石松を想い出していただければ幸いです。OK牧場!」とのコメントを発表し、故人の冥福を祈った。
栃木県粟野町(現在の鹿沼市)に生まれたガッツ石松は、中学校を卒業した後にプロボクサーを目指して上京した。当初は鈴木石松というリングネームを使用し、1966年12月11日に1回KO勝ちを収めてプロデビューを飾る。1969年にはライト級の全日本新人王を獲得して頭角を現した。
1970年6月、パナマへ遠征してWBA世界ライト級王者イスマエル・ラグナに挑戦したものの、13回TKO負けを喫した。さらに1973年9月には、石の拳と称されたWBA世界ライト級王者ロベルト・デュランに挑んだが、10回KO負けという結果に終わる。この敗戦を契機として、お馴染みのガッツ石松へとリングネームを改名した。
大きな転機となったのは1974年4月である。WBC世界ライト級王者ロドルフォ・ゴンザレスに挑戦し、8回KO勝ちで見事に3度目の世界王座挑戦を成功させた。戦前の圧倒的不利という下馬評を覆し、幻の右と謳われた強力な右ストレートで王者を沈めた。この勝利の直後、リング上で両拳を高く突き上げた喜びの姿が、現在のガッツポーズという言葉の由来になったとされる。
その後、ロドルフォ・ゴンザレスとの再戦を含めて合計5回のタイトル防衛に成功した。1976年5月、6度目の防衛戦でエステバン・デ・ヘススに判定で敗れて王座から陥落。1977年4月にはWBC世界スーパーライト級王者サンセク・ムアンスリンに挑み、世界2階級制覇を狙ったが6回KO負けを喫し、1978年に現役を引退した。
現役引退後は独特のキャラクターを活かしてタレントに転身し、OK牧場!という独特の決め台詞で広く親しまれた。また、俳優としても高い評価を得ており、テレビドラマ『北の国から』や『おしん』、さらにはハリウッド映画『ブラック・レイン』といった数々の名作に出演した。演技にとどまらず、自ら映画監督を務めて作品を制作するなど、多角的な活動を展開した。
2010年にはボクシング界への恩返しと社会貢献を目的として、自ら提唱してプロボクシングの世界チャンピオン会を組織。自ら初代会長の座に就き、2024年まで長年にわたって会長職を務め上げ、業界の発展に尽力し続けた。
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